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               築地市場や魚と流通に関する話題

トレーサビリティ-鮭の餌の話
平成14.年02月21日

フェロー諸島(デンマーク領)の飼料製造会社の場合

今回はちょっと遅くなりましたが、昨年(2001年)4月に訪れたデンマーク領フェロー諸島での、「鮭の餌」の話です。

フェロー諸島は北極圏の孤島。
フェロー諸島の周辺、アイスランド、ノルウエー周辺
にかけての海域が餌の原料になるブルーホワイトや
ししゃもなどの好漁場。
新鮮な原料が豊富に手当てできる。

ヨーロッパでの鮭の養殖
 鮭の養殖といえば、チリや北米など世界中に拡がっているが、北欧諸国が最も古くからの歴史があり、近年ではこの中でもノルウエーの生産量の伸びが際立っている。
 デンマーク領フェロー諸島は、アイスランドとノルウエー、スコットランドの中間に位置する北極海の絶海の孤島。1年中海水温が低い温度で安定し、海流が非常に早いため常に外界の海水との還流があり良い水質を保てるなどの好条件があり、昔からトラウトやアトランティックサーモンの養殖が盛んに行われている。
 フェロー諸島の養殖サーモンは、他の地域で養殖されたものに比べ、「養殖臭が少なく」「身色も良い」「抗生物質などの薬品使用が少ない(または皆無)」などの優れた条件があり、私(北田)がこの島を訪れた目的も、この点を自分の目で確認するためだった。
 このフェロー産トラウトは、現実に当社で扱っていて今では人気商品になっているが、その話は次回以降とし、今回のレポートは、この島で良質な鮭を養殖できる理由の一つである”鮭の餌”の話。

HAVSBRUN社工場内部 生産工程は全てコンピュター管理。
製造過程や原料は全て記録され
データベース化される。

HAVSBRUN社(フェロー諸島)の場合
 フェロー諸島にあるHAVSBRUN社は、1981年から現地で操業している会社で、島内やノルウエーなどの養殖業者を顧客に、売上高44億円、従業員約100名、餌の製造会社としては世界で5位の生産高を誇る大手企業。フェロー諸島周辺で漁獲される魚(Blue Whiting 、Herring=にしん、Capelin=ししゃも、Mackerel=さば)などを原料に魚の餌やフィシュミールを製造している。
 同社では年間200,000トンの魚を原料に、40,000トンの餌と10,000トンのフィシュオイルを製造している。
 このフェロー諸島とアイスランドやノルウエーの間の海域は、Blue Whiting や ししゃもの一大好漁場となっており、ここで豊富に漁獲される新鮮な魚を原料に安定した操業を行っている。特に”餌の原料の鮮度”は良質な餌を作るために欠かせない要素であり、この点フェロー諸島は絶好の位置にあると言える。
原料の鮮度の良し悪しは、養殖された魚の”養殖臭”の有無に関係しているとも言われており、新鮮な原料を使った同社製造の餌で育ったフェローのサーモンが高品質な原因のひとつと言われている。
 またフェロー諸島周辺で大量に獲れる「ししゃも」からは「ししゃもオイル」ができるが、この「ししゃもオイル」には、健康に良く、鮭の紅色の成分でもある”アスタキサンチン”が多く含まれていて、鮭用の餌原料としてはこの点でも優れている。通常、鮭の餌の中のアスタキサンチンの量は20PPM程度が普通だが、ここHAVSBRUN社の製品の場合、アスタキサンチンの量は50PMと非常に多くなっている。(アスタキサンチンは人工的に製造したものもあるが、価格が非常に高いため餌には使いたくてもなかなか使えないのが実態。誤解のないように付け加えるならば、人工的に作ったアスタキサンチンでも有害などという事は全くなく、健康には非常に良い。単に価格が高すぎて使えないということ。)
 ※これに対し日本などの養殖鮭の餌は、「いわし」などの魚を原料に植物性蛋白などを加えたものが使われてきた。
養殖の鮭が、いわしのような独特の臭み「養殖臭」があるのはそれが原因であるとか、養殖された鮭は本能的に拒否反応をして臭みを発散するのだとか、昔から諸説が言われてきたが、日本でも餌や育て方の工夫で、現在ではその点はかなり改善されてきた。
 また南米チリでは、地元で大量に獲れるアンチョビー(カタクチイワシ)などを原料に餌を生産しチリ銀鮭に与えている。
 フェロー諸島の養殖鮭の餌は、これらに比べ格段に優れているのは確か。

上:製造記録はコンピュータ上で
  データベース化される。
Production Manager の
Bogi Nielsen 氏。


写真ではちょっと解り難いが
同士の側にあるのは、餌を
成形するのに使うノズル。
作る餌の粒子の大きさにあわ
せてノズルの穴の大きさが
違う。
 加熱した餌原料がこのノズル
からトコロテン式に出て固まる
仕組み。


←製品のサンプル保管
 :製造ロットごとに製品の餌の
  サンプルが完璧に保存され
  ている。

製品の鮭養殖用の餌とフィシュオイル
(右の赤色のビン)
フィシュオイルの赤色は天然の
アスタキサンチンの赤色。


徹底した品質管理と記録管理-Total Traceability
 HAVSBRUN社の工場では、良質で新鮮な原料を活かし、製造工程はコンピュータ化され自動化された徹底的な品質管理を行っている。
 一般的に養殖魚の餌では、魚原料以外に大豆などの穀物を混ぜる事が普通に行われている。同社の場合は魚は100%地元の魚原料を使用していて、これにフィシュオイル、小麦、Non GM(遺伝子組み替えのない)大豆、海老、ビタミン、ミネラルなどを加え製品の餌を製造している。
 同じたんぱく質でも植物由来のたんぱく質を多く使った餌で育った魚は、どうしても身質が悪くなるなどの弊害があるため、100%魚由来の原料の餌が理想であり、それも鮮度の良い原料が求められるわけである。
 ここでの製造過程は全てコンピューター管理され、ほとんどの工程が自動化されている。いつ、どこから入荷したどのような原料を使い、何度の温度で何分間加熱し乾燥はどのように行なったか、などの製造記録は全てコンピューターが自動的に記録し、完璧にデータベース化されるシステムとなっている。
 また、これが同社製品の最も重要なポイントなのだが、同社製品の餌には”抗生物質は一切使用していない”という事である。
 同社の製造の記録は製造ロットごとに徹底的に行なわれ、実物のサンプルも製造ロットごとにきちんと保存される。後で万一、同社の餌で育った魚に問題が発生した時には、餌に原因があるのか否か、あるとしたらどのような原因かが即座に追跡調査できる体制となっている。
そしてこのような考え方をTotal Traceability(追跡可能性) と称するという話だった。
 このTraceabilityという概念はその時初めて聞いた言葉だったが、最近日本でも狂牛病の関係で食肉の世界では急に言われ出したようだ。しかし、ヨーロッパでは昔から畜産物のみならず養殖水産物でも行われていたわけで、この話を聞いた時は非常に感心したのも事実。
 ヨーロッパでは、同社の餌の販売先である養殖業者が、カルフールテスコといった大手小売チェーンに魚を卸す際には、その魚に使った餌についてまでさかのぼり、このような厳格なTraceabilityを要求されるという話だった。
 

Traceability・・ 日本では?
 日本の場合を考えてみると、日本ではこのようなトレーサビリティを確立している餌業者は今のところ私の知る限りなさそうである。そもそも日本にはこのようなTraceabilityという概念自体が存在しなかった為、それも無理からぬことなのだろう。
 ごく最近になって、狂牛病の関連から、特に蓄肉の世界ではTraceabilityが少しずつ言われ始めているようだ。その内容は、雪印事件や小売店の不当表示の問題ともからんで複雑だが、店頭の肉がどこから出荷されたどのような牛のものなのかを知りたいという事のようで、牛の餌まで遡る話にはなっていないようだ。
 また同様に水産物の世界でも、Traceabilityの話は全くといって良い程聞いた覚えがない。

BSE 養殖魚は大丈夫?。
 狂牛病は餌が原因で拡がったわけだが、養殖の水産物は大丈夫なのかという疑問が出てくる。
 今月5日付けの、農林水産省生産局畜産部飼料課の文書「資料用の魚粉の取り扱いについて」によれば、
「独立行政法人肥飼料検査所が飼料用の魚粉を製造する工場に対し立ち入り検査をしたところ、魚粉工場の約19%(107工場中20工場)から、哺乳動物由来たん白質が検出された。」という。
 これは魚粉工場が、飲食店等から回収された魚介類以外の食品残さを使用したためと考えられている。
 原因が一般食品の残さ(食べ残し)であることからBSEのリスクはないと考えられるが、念のため魚粉を原料とした餌を牛用には使用しないように、という内容となっている。
 「魚の餌には使えるわけだが、そのような餌を食べた魚は安全なのか?」。築地市場の衛生委員会で、仲卸の仲間から都の衛生検査所にこの質問が出た。
 結論から言うと「まず大丈夫でしょう。」というのがその答え。そもそもBSEは牛や羊などの哺乳動物の病気であり、魚が感染したり感染源になったという報告は今のところ皆無。絶対安全という証拠はないが、危険があるという根拠もないという話。
 魚は養殖物も含めて、少なくとも狂牛病に関しては一応安全と言えるようだ。

稚魚タンクの
餌自動供給装置
稚魚用の餌は
粒子が細かい。
上;稚魚養殖のタンク
  雑菌の混入を警戒して、食品工場なみ
  の衛生管理だ。
下;成魚用の餌

下右;まいた餌に鮭が群がり
    イケスの水面があわ立つ。

フェローの養殖イケスは海流の流れが非常に急な海中
にあるため、餌による汚染の心配が少ない。
 対してノルウエーではフイヨルド地形のため海水が沈殿
するため、イケスあたりの餌の量を規制して汚染を防いでいる。

”餌の資源量”に制約される世界の水産養殖産業
養殖魚と聞くと、天然物に比べ低品質だが大量生産されていて、普通の工業製品のように無限に大量製産できるというようなイメージがあるが、実はそうは行かない訳がある。それは「餌原料の資源量」の制約である。
 今回訪問したHAVSBRUN社のマネージャBogi Nielsen 氏の話で印象深かったのは、
「近い将来”世界的な養殖魚の餌資源の不足”が起きるだろうという予測。その時は近海に豊富な餌資源のある同社が決定的な優位になる時だ。」
という見通しを持っていると語った事だった。
 魚養殖の世界では「養殖係数」という言葉がある。1kgの魚を育てるのに何Kgの餌を必要とするかという数字のことである。フェロー諸島の場合では同社の良質の原料を使っているためか、この養殖係数が1.1〜1.2と非常に良い数字になっているが、ノルウエーやチリなど他国ではこれよりはるかに多量の餌が必要になる。一般的に鮭の養殖に占める餌のコストの割合は、約60%に達するのが普通になっている。
 彼の言うように”餌原料資源”が不足し、世界的に資源の奪い合いになるような事になったら、水産物の輸入大国である日本は大きな影響を受ける事になるだろう。
 養殖魚と聞いて、「味」と「安全性」だけを心配すれば良い今の状況は、後から考えれば幸せな良い時代と映る事になるのかもしれない。

(北田喜之助)


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