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               築地市場や水産物流通に関する話題、魚や旨い物に関する話題など

東卸の伊藤理事長再選(1)
平成12年1月28日

 築地市場の水産仲卸の組合である東卸(東京魚市場卸協同組合)の理事長に伊藤宏之氏が再選されました。
 副理事長などの人選はまだですが、昨年来続いていた築地市場の内紛も、少なくとも東卸内部の勢力争いに関しては一応の決着となりそうです。あまり気持ちのイイ話ではなく、内輪の話でもありますが、世間の感心も高く「いったいどうなってるの?。」と聞かれる事も多かったので、この機会に私の見聞きした範囲でこれまでの経緯をまとめてみます。

 昨年来、築地市場の「内紛」としてテレビや新聞などに取り上げられていた東卸(東京魚市場卸共同組合)のゴタゴタはマスコミには」「マグロ派VSコハダ派の対立」などと揶揄されながら取り上げられ報道されましたのでご存知の方も多いと思います。
 この争いは、組合内部の人事抗争というものに、築地市場を現在地で再整備するか、豊洲へ移転するかという問題がからみ合い、対立の構図が一層複雑になり築地の仲卸の組合「東卸」はまったくの迷走状態になってしまっていました。
 今回、人事については理事長人事は伊藤理事長の再選という形で一応の決着となったので、組合運営の空白化や分裂という事態は取り敢えず避けられたようで取り敢えずほっとしているところです。(先行きはまだ不透明ですが)
昨年末12月18日に開催された臨時総代会での伊藤理事長。
この臨時総代会で理事40名全員と監事3名の解任が決まり、理事
監事全員の再選挙となった。

 とは言うものの、伊藤理事長の選出に際しては40名の理事のうち22名の支持でかろうじて過半数、18名は反対派(今回は増田前理事長は出馬しなかった)という事でこれからの組合運営には大変な気苦労がつきまとうだろうと思われます。


これまでの経緯

 築地市場では従来、市場の開設者である東京都の計画として現在の築地の場所に立体化した新市場を再整備する計画が進んでいました。
 この計画では青果を含め築地市場の内部の施設をいくつかのブロックに分けて、営業をしながら工事を行なう「ローリング工法」で再整備をする計画で、当初の予算約1600億円は、神田の青果市場を処分して「市場会計」として一般の予算とは区別されたものの中から拠出する計画でした。
 営業しながら同時に工事も行なう「ローリング工法」という事で、工期も非常に長期にわたり(全部の完成まで20年以上かかる!!)、また1000件近い仲卸はじめ、荷受のセリ場、青果の市場、関連業者の営業などの全ての業者の複雑な利害関係を調整しながら計画しなければならなかったのですが、増田前理事長、伊藤副理事長(当時)などは東卸として仲卸のまとめ役としてこの難しい仕事をこなしていた当事者だったわけです。
 そして、私たち仲卸の売り場はローリング工法によって少しずつ取り壊される事になっていたため、不平等にならないよう最後の店舗移動の時には工期別に4ブロックに分けて抽選し、店舗移動を行ない、そのまま現在に至っています。
 私もその時点では再整備の完成を信じていて、この抽選の際には、当初は不利な立地でも一番早く新店舗に移れるという事でA3ブロックを選択したのですが、再整備の中断で今の場所(6009番)でそのままになってしまいました。
 こうしてさまざまな問題を乗り越えながら再整備が進み始めたと思ったのもつかの間、平成9年の秋頃から様子がおかしくなり始めました。
 まず、実際の現場で工事半ばで中断したまま、一向に工事を再開する様子がない現場が目につきだしました。
 ほぼ同じ頃、日本経済新聞の紙面に「乃木坂研究会」なる団体が築地市場について、現在地での再整備でなく新天地に移転すべきではないかという問題提起をしたという事がありました。
 私は当時これを読んで「おや?あやしいゾ!」と思ったのを覚えています。当時は東京都の公式な方針としてはあくまで築地での再整備と言う事だったのですが、都の中にも異論があって、公式には口に出せない事を別の形でリークしたのではないかと疑ったからです。
 当時の市場の人達もいろいろなパイプを使って情報収集にかけずりまわるようになり、「どうやら東京都の真意は再整備ではなく移転らしい」という事が少しずつ漏れ伝わるようになってきました。
 そして平成10年の春頃から、若手の仲卸経営者たちが集まって、築地からの移転も視野にいれての集まり「夢のある再整備を語る会」ができるなど、水面下で進行していた豊洲への移転論議が一挙に表面化し、現在のゴタゴタの端緒となってきたわけです。

移転か再整備か?

 工事が中断した原因は、結局のところ東京都の予算の問題からでした。
 築地での再整備は当初の計画では1600億程度でできる筈だったにもかかわらず、工事を始めてみると2千数百億に膨れ上がる見通しとなり、おりしも財政の悪化した東京都は、計画を見直したいというのが本音だったようです。
 そもそも当初の再整備の計画は、現在の旧式の設備を基本としていて基本的な使い方としては大きな変更もなく、ただ立体化してそれぞれの設備の面積が多少広く、新しくなるというだけの計画でした。
 そして費用面でも、立体化するため非常に高くつくのはもちろんの事、工期も非常に長くかかり、その工事の間は営業と工事の同時進行という事で、さまざまな問題が予想されるものでした。
 一方、別な立地に新たに「新市場」を作るのであればこのような問題もなく、より安くより良い市場ができるという事になり、具体的な移転先として浮上してきたのが「豊洲」というわけです。
 しかし、これまで築地での再整備を信じて難しい仕事をこなしてきた人達、特に増田理事長(当時)にしてみれば東京都に裏切られた、「約束違反」という事になるわけです。
 増田理事長は、工事の中断は許せないという立場を堅持して、中断していた隅田川岸壁の「仮説工台」を強引に作らせたりしたものの、工事はその段階でストップしたままとなり、それまでに費やされた300億近い費用は、このままだと無駄になることになってしまいました。

 そしてここからが対応の分かれ目。路線対立の始まりとなります。
 増田理事長は再整備続行の立場から、東京都の非を追求し、当初の約束どおり何としても再整備を要求し、東京都の職員とは結果的に徹底的に対決する立場となってしまいました。
 これに対し、伊藤副理事はじめ3名の副理事は、市場の開設者である東京都との対決姿勢を避けつつ、移転も視野に入れた展開を模索し始めたのです。
  

次回へ続く

(北田喜之助)


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